|
評価:
マイケル タルボット
春秋社
¥ 2,940
|
今、この瞬間。
自分が見ているもの、聞こえているもの、感じ取っているもの。
それらが「本当の事実ではない」としたら。
それらすべてを、この自分が創りあげているとしたら。
あなたは、あまりの重圧にうちひしがれますか?
それとも、起死回生のヒントが得られたと小躍りしますか?
さらに言えば、
この「世の中」は、自分を含めたみんなの「共同幻想」だとしたら。
「世の中」の良きこと悪しきことすべてに、自分が関与しているとしたら。
あなたは、あまりの重圧にうちひしがれますか?
それとも、起死回生のヒントが得られたと小躍りしますか?
是非とも後者であってほしいのですが、
おそらく最初の反応としては前者でしょう。
「いや、そんなはずはない。
自分はちゃんと周りにあるものが『見えている』し、
今この瞬間の物音や誰かの話し声も『聞こえている』。
この感覚はすべてリアルなものだ。幻なはずはない」
「どうして?
今世の中を騒がせている事件や、悲惨な出来事の数々は、
自分の与り知らないところで起こってるんだ。
私がいつ、どうやって、それらに関わっているんだ。
馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る」
個別化、分断化。
それらを推し進めることにより醸成される無力化、無価値化。
現在の「世の中」を構成している黒幕たちです。
筆舌に尽くしがたく受け入れがたい所行の数々は、これらを餌にしています。
そしてその黒幕たちをひそかに操り、エネルギーを与えているのは、
我々自身の「(個人)意識」です。それが複数重なれば「集合意識」となります。
これまで我々が重ねてきた歴史は、本来備えている「一体感、連帯感、有力感、有価値感」を押し込めるものでした。
その数少ない例外が、いわゆる凡人では発揮できない能力を発揮し、世界という名の常識を変えようとした人たちです。
しかし、「凡人では発揮できない能力」は、本当は凡人にもあるのだけれど、
何かがブロックして発揮することを止めてしまっているものばかりです。
「何か」の正体。それが「個人意識」「集合意識」です。
あなたの身の上に起きている様々な不幸。
世の中で起きている個々の事件。
それらを個別に処理しているだけではいけません。
モグラたたきのごとく、また同じか今まで以上の不幸や事件が湧き起こります。
根源を何とかしなければなりません。
それが「個人意識」「集合意識」です。
まずは「個人意識」から片付けましょうか。